《嘿,老头(Hey Daddy)!》を見終わって 2

「嘿,老头!」を見て改めて思ったのは中国では親の介護が必要になった時、基本的に子どもが全部面倒を見るか、老人ホーム(養老院)に入れるか、まだこれぐらいしか選択肢がないのだろうということ。

日本だったらこれらのほか、ヘルパー(介護員)がいるので通所介護(デイサービス)やら訪問介護制度を利用するといった選択肢も出てくる。こうした介護サービスは東京とは違い、北京のような大都市でもまだ普及していないのだろう。ちなみに中国の高齢化率は10%弱で日本は25%程度(2014年)。

先日「高齢の親『自分で世話したい』、日本の高校生は38%のみ 中韓など4カ国で最低」(ヤフーニュース)「孝顺排行榜中国第一日本最后(孝行ランキング中国が首位で日本が最後)」(上海热线)といった記事がネットに出ていた。

中国では88%の高校生が高齢の親の世話は自分でしたい、と答えているのに対して日本の高校生は38%。日本の若者は「親不孝」に見えるかもしれないが、それは日本の高齢化率の高さ及びそれに伴った社会福祉制度・介護サービスの充実が背景にあるのは間違いないだろう。

さて、中国では88%の高校生が高齢の親の世話は自分でしたい、と答えてはいるけれども、それとは真逆の「空巣老人」が社会問題化している。「空巣老人」とは高齢者の一人暮らしか夫婦二人世帯のこと。

子どもが外地に働きに出たまま全然帰郷して来ないため、寂しく孤立する高齢者たち=空巣老人が中国にはたくさんいて社会問題化しているのだ。「嘿,老头!」ももちろんこうした問題を背景にして作られたテレビドラマなのだろう。

つまり、高齢の親の世話は自分でしたいけれども現実にはなかなかそれができていない、というのが中国の家庭の現状。だから遠くない未来、中国にも「親不孝者」が多い国の制度が普及していかざるをえないと思う…

《嘿,老头(Hey Daddy)!》を見終わって

先日中国テレビドラマ《嘿,老头(Hey Daddy)!》を見終わった。ネット上の評価が高いだけあってかなり楽しめた。

ストーリーは、30歳過ぎてもまだ定職のない青年・劉海皮がアルツハイマー(認知症)を患ったアル中の父・劉二鉄のため、生まれ故郷・北京の胡同に戻って来るところから始まる。

父はすでに自分が誰かも息子もわからなくなっていた。劉海皮の母は彼がまだ幼いころアル中の父を嫌い家を出て行ってこの家にはない。

さて息子・劉海皮が父・劉二鉄を老人ホーム(養老院)に入れてしまえば話はそこで終わってしまうのだけれども、彼はそれをためらう。

劉海皮は父の病状が万一回復して記憶も戻ってきたときに父から「私が病気の間お前は何をしてた?」と尋ねられてもしっかりそれに返答できるよう、自分で父の世話(介護)をすることを決意する。

介護が始まると、「父が子どもで子どもが父で」のような可笑しさの中に悲しさもあるようなシーンが続出する。一番印象的だったのは第15話の、劉海皮が汽車の運転手だった父の記憶を呼び戻そうと、友人たちを動員して室内を改装し、さらにエプソンのプロジェクターまで使って往時の風景を再現しようとするシーン(《嘿,老头!》第15集)

父の記憶は少しだけ戻ってきて息子に告げてこなかったさまざまな思いを口にしていく。(続く)

語らないことが語っている…

今日は中国映画『中国合伙人( American Dreams In China)』(2013年)からの印象深い台詞を紹介。

中国合伙人(百度百科)

中国合伙人(乐视网)

この作品は大学時代に知り合った英語好きの三青年、成東青・孟暁駿・王陽が、紆余曲折(挫折)を経ながらも中国人のアメリカ留学を支援する「英語教室(英语培训学校)」を起こし、成功(中国夢)を手に入れるというストーリー。

この中で貪欲に事業拡大を目指す孟暁駿が成東青に「Do you have a dream?」と問いかけ、さらにこう続けるところがある(71分過ぎあたり)。

孟晓骏「你知道吗?听一个人说话,不要听他说了什么,而是要听他没说什么…」

孟暁駿「お前知っているか?人が話すのを聞くときには、その人が何を話したかではなく、何を話さなかったのかを聞かなきゃいけないんだぞ…」

そう、触れたくないからか、全く考えていないからか、我々は語るべき(語っていいはずの)時に往々にして口をつぐんでいることがある。私にも身に覚えがある。でもそれは他人にはけっこう見破られていたりするものだ。

だから我々は真に沈黙することはできないのかもしれない…