地理と心理上の「距離」

明日の午前中成田空港から飛行機で福岡に帰る。しかし、どうも「帰る」という言葉があまりしっくりこない。私は「生まれ」は福岡なのだけれども、「育ち」が東京なので、故郷の記憶がほとんどないのだ。

さらに困ったことに東京で過ごした幼少時の記憶も消失し始めている。先日幼なじみと忘年会をしたのだけれども、その時30年来の友人から「小さいころ階下のアパートに辻君っていたよね?」と言われたのだけれども、全く思い出せなかった。私の階下に住んでいた「辻君」…。

さて、話をもどすと、父母がいるから年末年始福岡に帰るけれども私には福岡の記憶がほとんどない。父母にそんなに会いたいかと言えば、顔を会わせようと思えば今はスカイプなどでいつでもどこでも顔を会わせて会話できるので、「再会の喜び」も大して…。となると、一体何で私は「帰る」んだろう?

東京-福岡間は飛行機で2時間ほどの距離。なので大した距離はないのだけれども、私にとって福岡は「地理的な距離」以上に「心理的な距離」があるので、帰郷することが非常に少ない。

『論語』学而篇には、

有朋自遠方来。不亦樂乎。

友人が遠いところからやってきた。なんとうれしいではないか!

とあるけれども、今では遠く離れてなかなか会えない人と久しぶりに再会する時のこうした感慨はなかなか感じにくいと思う。通信機器の発達で東京の名も無き一市民の私でさえ海を隔てて何千キロも離れている中国の「網友(ネットフレンド)」たちと日々気軽に会話できる(友達になれる)時代だ。国内の友人であればなおさらのこと。

しかし、通信機器の発達が地理的な距離(限界)をとりはらってあらゆる人と交流しやすくなっている今だからこそ、改めて「家族とは何か?」「友人とはなにか?」という素朴な問題が問われているような気もする。

「家族の日本観 変えた先生」

今日(12/18)の朝、仕事の関係で朝日新聞の朝刊記事をざっとチェックしていたら国際面の中に、昨年まで私が務めていた中国の大学・嶺南(れいなん)師範学院の教え子の一人・張戈裕(ちょうかゆう)さん(21)の名前と顔写真が突然目に入ってきてびっくり。何で日本の全国紙の中に突然彼女が出てくるんだ?

記事を読むと、今年で第11回を迎えた「中国人の日本語作文コンクール」のテーマの一つが「私の先生はすごい」だったそうで、張戈裕さんはそのテーマで作文を書き1等賞を取ったそうだ。記事中の一部を引用すると以下のとおり。

「私の先生はすごい。彼一人の力で私の家の歴史を変えたのだ。日本を憎む歴史を」

広東省にある嶺南師範学院3年生の張戈裕さん(21)は、1等賞をとった作文でそう書いた。

受験で志望学部に受からず、仕方なく入った日本語学科。曽祖父を日中戦争で亡くした家庭では、「日本を好きだ」ということは、「道徳」や「家訓」に反することだったという。

その張さんが「戦争があったからすべての日本人が悪いという思考回路がおかしい」と思うようになったのは日本語教師の「矢野先生」と出会ってからだった。

「矢野先生」は日本批判を言われても何も言わず、黙々と日本について教えてくれる人だった。その熱心な指導について話を聞いた両親の態度も微妙に変わった。依然として日本をよく言うことはないが、周囲の人に「娘の専攻は英語」と偽っていた母親は「うちの娘は日本語を勉強しています」とはっきりと言うようになった。

張さんは今、「将来は日本語教師になりたい」と思っているという。

なんと!その作文で書かれていた先生が私のことだった!今年のコンクールでは過去最多の4749本の応募があったそうで、それで1等に入賞するとは全く「後生畏るべし」。

最優秀賞は張晨雨さん 中国人の日本語作文コンクール(朝日新聞デジタル)

「夫婦別姓」禁止について

今日は最高裁が「夫婦別姓禁止『合憲』」という判決を出したというニュースが報道されたので(弁護士ドットコムニュース)、SKYPEレッスンで中国人の男性講師に中国では今この問題はどうなっているのか、と少々聞いてみた。

中国では結婚しても夫婦がどちらか一方の姓に統一する必要はなく、「原姓」を名乗れる。では子どもはどうなるのか?子どもが生まれたら両親がどちらか一方の姓をつけることになるそうだ。しかし、現状では伝統から夫側の姓を子どもにつけるケースが多いそうだ。

興味深かったのは、子どもが二人生まれた場合、第1子が夫側の姓で、第2子が妻側の姓を名乗るということも理論上可能だそうだ。今日の講師は第1子は自分の姓をつけたので、これから生まれる第2子は妻側の姓にしようと、両親に相談したが反対されたそうだ。

講師から「あなたは結婚したら子どもの姓はどうするのか」と問われたが、「かっこいい方の姓をつけたい」と返答しておいた。個人的に今の自分の姓の響きをあまり気に入っていないので、自分の姓を変えることにはほとんど抵抗がない。

ちなみに私の姓、中国語では声調をしっかり発音しないと「失業」と同じ発音になってしまう(だから自分の姓を気に入っていないというわけでは決してない)…。