毎日少しずつ自分を変える―孔子の「社会変革論」

マイケル・ピュエット クリスティーン・グロス=ロー共著『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』(早川書房、2016年)という本を読んでみた。

マイケル・ピュエット氏はハーバード大学の教授、クリスティーン・グロス=ロー氏は同大学で博士号を取得したジャーナリスト。本書は両氏による中国古代哲学についての解説書で、6月5日現在(刊行は4月)アマゾンの「諸子百家・儒教・道教」部門で1位、「東洋思想」部門でも4位とヒットしているようだ。

個人的に特に面白かったのが著者が改めて「孔子がなぜすごかったのか」について触れている第3章「毎日少しずつ自分を変える―孔子と〈礼〉〈仁〉」で、このように語られている。

わたしたちは、世界を変えるには大きなことを考えなければならないと思いがちだ。孔子なら反論もしないかわりに、おそらくこうも言うだろう。小さいことをないがしろにしてはいけない。「お願い」と「ありがとう」を忘れてはならない。人々が行動を改めることなしに、変化は起こらない。そして、人々が行動を改めるには、小さいことからはじめなければならない。(75頁)

人生は日常にはじまり、日常にとどまる。その日常のなかでのみ、真にすばらしい世界を築きはじめることができる。(76頁)

儒学の基本的な考え方を表す「修身・斉家・治国・平天下」という言葉がある。春秋時代末期という混沌の世(乱世)に生きた孔子にとって、最終目的はもちろん国家や天下の安泰(治国・平天下)だったのだろうが、だからといって彼は「国家論」をひたすら展開するというような人物ではない。

『論語』では体系的な「国家論」よりむしろ日常生活における対人関係上のこまごまとした「あるべき振る舞い方(行動パターン)」が語られている。『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』ではそれを「〈かのように〉の礼」と名づけている。「〈かのように〉の礼」が大切なのは、孔子が日常生活での自らの振る舞い方を改めることなしに国家を変革することなどできないと考えていたからであろう。

たとえば、われわれは「日本社会を変えたい」と感じた時、国政選挙で「政権交代」を起こせば社会が変わるのではとついつい考えがちだ。この考え方が間違っているというわけではないのだけれどもわれわれが国政選挙で投票に行ったぐらいでは社会はなかなか変わらないだろう。

もし孔子ではあれば次のように説くのではないだろうか。「大きな問題をまず考えるのではなく、あなたの日々の生活態度を見つめなおして修正し、自分の関われる地域(村・町や市)であなたが変革を実現することを最優先させなさい」。自分の日々の振る舞い方や自分の住む地域を改めることなくして日本社会(天下国家)を変革することはできないのだ。だから政権交代を実現して自分の日々の暮らしをよくしたいというのはある意味では本末転倒の発想と言える。

そして本当に難しいのは大きな問題にとりくむことよりも「毎日少しずつ自分を変える」という身の回りでの日々の実践活動なのだ。個人的にはこうした発想が『論語』という書物を骨太な古典にしているのだと思う。

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