足るを知る者は富む―老子

2015年の中国映画『我是路人甲(I Am Somebody)』を鑑賞した。この映画は映画スターになることを夢見て「横店」という町へやってきた若者たちが撮影現場での厳しい現実に直面しながらも奮闘する姿を描いている。

映画を見ている最中、中国の地方からやってきた若者たちの生活ぶり=貧しさにはわれわれ日本人は耐えられないだろうなあとつくづく感じた。彼らの住むアパートにはトイレや浴室が備わっていない部屋もあり、またたとえ浴室があっても湯沸器からは(お金が払えないので)水しか出ないような状況だ。

わが東大和市では洗濯機が部屋の外に置いてあるアパートは私も見かけたことがあるが、中国の(格安)アパートとはさすがにレベルが違う。私の住んでいるアパートも家賃は相当に安いけれど、トイレ、浴室、洗濯機(自分で購入)ははもちろん、エアコンまで付いている(今では当たり前か?)ので彼らからするとホテルに住んでいるように見えるかもしれない。

さて、横店にやってきた若者たちの多くは理想と現実とのギャップで絶望感を味わうことになるのだけれども、その中で覃培軍(タン・ペイジュン)という若者がいい味を出している。彼は友人から「毎日エキストラの仕事ばかりやってて疲れないか」と尋ねられたとき、「以前の炭坑現場の仕事より疲れない。将来子どもにエキストラでもスクリーンに出ているところを見せられればいい」と明るく答える。さらに「自分が成功できると思うか」と問われたときには「もう成功している。炭坑現場では崩落事故にあった。太陽の下で働けるだけで幸せ」と返答する。

培軍青年は人一倍努力しているのだけれども見た目があまりかっこよくないこともあり、今まで芽がでていない。ただし、彼はそれでも好きなことをやり、目標をもって努力しているその過程を楽しむ「賢さ」をもっているのだ。そのため、表情にはいつも余裕があり辛そうには見えない。『老子』第33章にはこのような言葉がある。

満足することを知るのが、ほんとうの豊かさである。努力をして行いつづけるのが、目的を果たしていることである。

足るを知る者は富む。強(つと)めて行う者は志(こころざし)有り。
(金谷治『老子』講談社学術文庫より)

培軍は『老子』の言う「足を知る」つまり「満足することを知る」青年なのだ。そして「努力をして行いつづける」過程においてすでに「目的を果たしていること」も理解している。成功するという「結果が全て」ではないことを知る培軍はなかなかすごい人物ではないだろうか。

他方、劇中では成功(結果)を一途に追い求め過ぎたあまりに最後はパートナーとも分かれ、撮影中に精神崩壊してしまう悲劇の男性も描かれている。彼は最終的に精神障害者になってしまうという少々驚きの展開だ。成功(夢)を徹底的に追い求めるという彼の姿勢には共感できるところもあるのだけれども、やはり「足るを知る」ことを知らないと往々にして悲劇的な結末を迎えることが多いのかもしれない。

(https://www.youtube.com/watch?v=LGohJjhkLyc)

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