諱疾忌医(きしつきい)ー中国の故事成語

諱疾忌医(きしつきい)

「諱(き)」と「忌(き)」は両方とも「かばいかくす」「はばかり避ける」という意味。「疾」は病気、「医」は医者を表す。直訳すると「病気をかばいかくし、医者を遠ざける」という意味になるが、自分の過ちをおおいかくし、他人からの忠告に耳をかさない、という文脈で使用されることが多い。

「諱疾忌医」という成語の出典は中国北宋時代の儒学者・周敦頤(しゅうとんい)の著書『周書』(『周子通書』)。周敦頤は紀元十一世紀頃の人で儒学史においては重要な人物。

また中国古典『韓非子』には「諱疾忌医」に関連した次のような名医と国王とのエピソードが語られている。

戦国時代に扁鵲(へんじゃく)という名医がいた。ある時扁鵲は蔡の国の国王・桓公(かんこう)に謁見した。扁鵲は桓公の前で国王の皮膚に病気があると語り、早期に治療をするように勧めたが桓公は喜ばず、聞き入れなかった。

十日後、扁鵲はまた桓公に会い、皮膚と筋肉の間にまで病気が進行していると忠告したが、桓公はやはり取り合わなかった。さらに十日後扁鵲は桓公に胃や腸にまで病気が進んでいる、と説いたが、国王の態度は変わらなかった。

扁鵲が桓公に四度目の謁見をした時には、扁鵲は国王の姿を見ただけで何も言わずその場を立ち去った。桓公が不思議に思って使いの者を派遣し、理由を尋ねてみると、扁鵲は「国王の病気はどんな治療をしてももはや手遅れの状態になってしまった」と語った。

果たして数日後に桓公の体が痛み始め、国王は扁鵲を探させたが、扁鵲はもはや秦の国へ逃がれた後だった。桓公はそのまま亡くなった。

『韓非子』ではこの故事を利用して、大きな災(わざわ)いには必ず小さな兆しがあるので、為政者はその微かな兆しを見失わず、早めの処置を取ることが肝心だと説いている。

(https://www.youtube.com/watch?v=FQA9e-y3mNI)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です